2000年12月1日
・・・金メダルに寄せて・・・

 9月24日、日曜日の朝は、どれほどの日本人がテレビの前に釘づけになっていたことだろうか。高橋尚子の日本陸上初の金メダルに全国が沸いたが、私はそれ以上に彼女のインタヴューに驚嘆し感動した。あれだけのハードなレース展開をしたにもかかわらず、さわやかな笑顔で答えた「すごく楽しい42キロでした。」の一言は衝撃的だった。事前の記者会見で言っていた「走ることの楽しさを日本の皆さんに伝えたい」という彼女の思いは、確実に伝わってきた。メダル獲得に一喜一憂するマスコミのプレッシャーをけろりとはねのけ、「集中していたので緊張する間が無かった」とも。

 小出監督は同じ千葉県にお住まいなので、以前から関心を寄せていたが、タイムリーに出版された「君ならできる」を旅先で購入し、新幹線の車中で一気に読んでしまった。なぜ緊張しなかったのかは、日々のハードな練習に裏付けられたものだと、本を読んですぐにわかった。そしてもっとも共感できたのは、最終章のタイトルにある「メダルのための人生ではなく、人生のためのメダル」という言葉だった。

 常々私はオーケストラや吹奏楽を学び、コンクールに出場する小中学生に対し、「金賞を取ることは目標であって、目的ではない。それを目的に音楽をやっていると、勝ち負けだけにこだわって、音楽が楽しくなくなる」と唱えてきた。実際コンクールに勝つことだけのために音楽をやってきた学生の中に、卒業すると一切の音楽活動を断ってしまう者が多いという。

 「一生音楽と仲良くできる人間を育てること」が音楽教育の基本であることは言うまでもないが、コンクール社会は学歴社会のそれと同じような歪をつくってしまうこともあるのだ。音楽は楽しむためのもの。しかしその一方で、楽しく音楽するためには、時として基礎練習などの単純な繰り返しにも耐えることも必要だ、ということをかならず付け加える。

 高橋選手の言葉や小出監督の著書の一節を、音楽と関連づけて考えてみると、なんと共通点の多いことか。

 小出監督も言う「たとえメダルが取れなかったとしても、それまで必死になって努力をつづけてきたことを、人間として誇りに思えるような人生を送ることだ」また「メダルが本当に輝くのは、彼女たちが妻となり、母親になったとき。私は素晴らしいお母さん作りをしているのだ」とも。「かけっこが好きで、かけっこしかできない」という小出監督に、教育者の真髄を見た。

 高橋選手の素晴らしい活躍によって、確実にマラソンファンは広がった。クラシック音楽もこうでなくてはいけない。多くの人がもっと身近に感じることができるよう、音楽家は積極的に働きかけをしていくべきだろう。金メダルの輝きよりも、高橋選手の笑顔の方が何倍も印象的だった女子マラソンであった。


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