田久保 裕一 の “エッセイ集”


99年4月1日
・・・「手話」の不思議な魅力・・・


昨年、習志野市のある小学校を「オーケストラ鑑賞教室」で訪問した時のこと。

プログラムの中に全校児童がオーケストラと一緒に歌うコーナーがあり、「君をのせて」を合唱した。前奏に続き歌が始まったとたんに私は驚嘆し、次の瞬間感動が押し寄せてきた。何と全校児童が手話をつけて歌い出したのだ。美しい歌声が手話により、さらに深い表現へと様変わりした。しかも子どもたちひとりひとりの歌っている顔の表情が生き生きとしていて輝いている。突然の出来事に私もオーケストラの楽員も、感動を押さえ切れず目頭が熱くなる思いだった。 折しも同じ時期に、テレビのドキュメンタリー番組で「シャンテ」というバンドの特集があった。関西に本拠地を置く彼らは、三人の視覚障害者と世界でも類を見ない「手話ロック・ボーカリスト」で編成されている。それぞれが昼間はOLや理学療法士などの仕事をしながらの活動で、その範囲は今や世界に広がっていると聞く。「シャンテ」とはフランス語で「歌」そのものを意味するが、彼らの歌に対する情熱、それが一種の叫びとなって私たちの心に突きささってくるようだ。しかも山本智子さんというボーカリスト(この方は健常者)の手話がすごい。彼女の顔の表情や目の輝きをみているだけで、生きる希望が湧いてくるようだ。これはもう手話ではなく「手歌」だ。食い入るように夢中で番組を見たが、その後彼らのホームページを探してアクセスし、情報を得た。

 私と手話との接点は五年前にさかのぼる。福島県いわき市のオーケストラの企画で、手話落語をなさる林家とんでん平さんをナレーターに迎えて「ピーターと狼」を演奏した。聴覚障害者の方を多数ご招待しての公演は大成功に終ったが、それ以来少なからず手話に興味を持つようになった。

 また全国にどれくらい視覚障害者や聴覚障害者の方がおられるのか調べてみたくなり、先日直接厚生省に電話をした。担当者の方がとても親切に応対してくれて、ファックスまで送ってくださった。資料によれば、全国で障害者手帳を持っている18才以上の方は視覚障害者、聴覚障害者とも三十万人を越えている。18才未満の子女を加えればその数はもっと増えることになるだろう。視覚障害者の方は白い杖ついたり、盲導犬を連れているのですぐにわかるが、聴覚障害者の方は一見してもわからない。データーをいただいて、あらためて手話の必要性を痛感した。健常者も手話で挨拶や簡単な会話ができるような世の中になったらすばらしい。

 最近では楽器店等でよく手話の歌の本を見かけるようになった。音楽教育雑誌でも掲載されているし、手話の情報が増えたことは喜ばしいことだ。歌によって手話は手軽に導入することができ、また前述のように表現力も一層深めることができる。国際化を迎えた現代では英語の勉強も重要だが、今後ぜひ学校の音楽教育の現場でも積極的に取り入れてみてはどうだろう。

 最後に「シャンテ」のホームページから。「私たちは障害をマイナスと考えない。たし算でなく、かけ算してみよう。そうするとマイナスかけるマイナスはプラスになるのだから」

船橋市民新聞 <4月1日発行のエッセイ>より

エッセイのページに戻る



Takubo's Home Page 最初のページへ
【クラシック音楽情報センター】最初のページへ