* エッセイ集 *

2003年11月
・・・バッハと私、そしてバッハ詣で・・・


  自分の音楽のルーツを語るとき、バッハの存在は不可欠である。それは船橋市立前原小学校4年生の時だった。「ちばのバッハ先生」こと恩師佐治薫子先生との出会いがあり、それこそが今の私の音楽活動のルーツともなっている。オーケストラの編成になる前の「リード合奏」という合奏クラブに入部した私はその日から卒業までの3年間、まさに音楽に浸りきっていたのを思い出す。友人には1学年下の指揮者の現田茂夫くん、2学年下の東フィルのコントラバス奏者加藤正幸くん、他にも東京シティフィルのチェロ奏者畑野区くんなど、佐治門下生には現在プロの演奏家として活躍している仲間が多い。友永くん(関西フィル・ヴァイオリン奏者)、林口くん(大阪フィル・チェロ奏者)は谷津小出身だが皆佐治門下生であり今でも仲の良い音楽仲間だ。
彼らともに演奏した曲は言わずもがな「バッハ」だった。アコーディオンやハーモニカから流れ出すバッハのオルガン曲は「純粋」な音として各方面から賛美された。トッカータとフーガニ短調、カンツォーナニ短調、小フーガト短調などなど、ほとんどがオルガン音楽だ。5年生からコントラバスを弾いていた私は、中でもパッサカリアとフーガハ短調には苦い思い出がある。最初に出てくるテーマを演奏するのに何日も何日も佐治先生の特訓を受けたのである。ちょっとでも音が切れたり、音程がふらつくと弓を持っている右手をはたかれた。上手くできなくて自分の右手に何度も涙が落ちたのをはっきりと記憶している。
親にねだって初めて買ってもらったレコードがカール・リヒターの演奏による「バッハのオルガン作品集」だった。まだ家にはステレオがなかったので学校の音楽室で、レコード針がすり切れるほど何度も何度も聴いたものだ。
さて夏の「ヨーロッパ気ままな一人旅」の後半である。プラハを後にした私は電車で一路ドイツに入った。ドイツには何度か行ったことがあるが、ここ旧東ドイツは初めての地だ。町にドイツ語の看板があるだけで落ち着く。どうもチェコ語はわけがわからなかったからだ。途中ドレスデンで途中下車した。聖十字架教会や王宮、ゼンパーオペラの騎士像、また美術館でシスティーンの聖母などを見てまわり、そしてエルベ川畔でしばしボーッと景色を眺めていると、時間のたつのを忘れてしまう。
また電車を乗り継いでライプツィヒに入ったころには、もう夕方になっていた。夢にまで見たあこがれの地ライプツィヒ。バッハが実に25年間にわたって楽士長(音楽監督)をしていたトーマス教会がここにある。またバッハの墓が教会内の祭壇の中央に祀ってあるのはあまりにも有名だ。この聖地に一度行ってみたかった。そしてバッハ詣でをしたかったのが正直な気持ちだ。
ライプツィヒに着いて、まずはホテル探しだ。ちょうど駅前のビジネスホテルが空いていたので、迷わず決めた。そして町にくり出した。ゲヴァントハウスは第1級のオーケストラの本拠地となるホールで、広場にはたくさんの人がいた。そこから町並みを歩いてトーマス教会まで約1キロくらいだろうか。沿道にはストリートミュージシャンがたくさんいて、家族で弦楽四重奏を演奏しているグループもあった。大学の町でもあるので文化的レヴェルはかなり高く、人々もゆったりと生活しているように見えた。歩行者天国をゆっくり歩いているとほどなく教会が見えてきた。とりあえず夜の演奏会のチケットを確保して、早く教会の中に入りたいという、はやる気持ちを落ち着かせて教会前のレストランで軽く食事をした。
そしていよいよコンサート。まずはバッハの墓の前に立って祈りを捧げた。「やっとお参りできた」という喜びと、バッハに対する感謝の気持ち、自分が音楽家である喜びでいっぱいになった。演奏会はバッハはもちろんのこと、バッハの前後のあまり有名でない楽長の作品も取り上げられた。ひとつひとつが素晴らしい曲だった。背後から聞こえてくるオルガンの響きにも大満足。あっという間のひとときだった。
心地よく眠った翌朝、またもトーマス教会に赴き、朝の礼拝に参加した。そしてメンデルスゾーンやシューマンの家などを散策。シラーの家では客は私ひとりで、手厚くおばちゃんの歓迎を受けた。また野外劇場で「魔弾の射手」の現代劇版を見て一日を過ごした。ライプツィヒは地味だが本当に落ち着ける町だと思う。
最終日、ウィーンへの帰り道はニュルンベルクとレーゲンスブルクに立ち寄ったが、友人勧めでナウムブルクという小さな町にも寄った。ここはバッハが理想の音と認めたオルガンがあるという。大聖堂ではなく小さな教会にそれはあった。今までで見たこともないくらいの美しい装飾、ほんのりピンク色に輝くそのオルガンに見とれてまさに至福の時を過ごすことができた。こうして一人旅はクライマックスを迎え、バッハ漬けの数日間が終わったのだった。


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