* エッセイ集 *

2003年7月15日
・・・村上正治先生を偲んで ・・・


 春うららかな4月、全国のアマチュアオーケストラや合唱団の育成にご尽力された村上正治先生が、あの世に旅立たれた。享年89才、長寿を全うされたと言っていいと思う。村上先生のは千葉県で音楽活動をしている者にとっては、知らない人はいないほど有名で、会長職の肩書きだけでも数十はあったはずだ。また県音楽教育研究会や全千葉合唱連盟、県吹奏楽連盟、千葉交響楽団協会、千葉県および市川市の両芸術文化団体協議会、日本アマチュアオーケストラ連盟、全日本文化団体連合会にも大きな影響力をもち、まさに東奔西走の毎日であったと思う。特に市川市で市川交響楽団協会を立ち上げ、傘下の市川交響楽団、吹奏楽団、混声合唱団、行徳混声合唱団、市響ジュニアオーケストラなどのすべての指導にあたり、多大な業績を残された方だった。千葉県知事や文化庁長官をはじめ、各方面から数えきれないほどの文化功労賞も受賞され、とりわけ1987年には勲四等瑞宝賞を叙勲された。
国立音楽大学作曲科を卒業されてから市川市内の小中学校に勤めながらの音楽活動は、すでに戦前から始められていたという。そういった昔話をお聞きしたのは、今からもう30年近くも前のこと。当時高校生だった私は、現田茂夫君(現在指揮者として活躍中)らと小学校時代のOBを集めてウィンドミルオーケストラを結成し団長兼指揮者という「生意気」な学生だった。村上先生の自宅にごあいさつにうかがったのは夏の暑い日だった。玄関を入るとランニングシャツ姿の先生がニコニコしながら迎えてくださった。しばらくすると先生自らスイカを切って、私たちに振る舞ってくださったのを今でもはっきりと覚えている。質素、倹約の精神なのか、当時の先生のワイシャツの袖口はいつもすり切れていたように記憶している。
それ以来、事あるごとに先生のお宅におじゃましてはご指導をいただいてきた。先生の部屋には手書きで描いた戦後まもなくの古いポスター、賞状などが所狭しと飾られ、また楽譜が山積みになっていた。「僕の若いころは毎晩睡眠3時間だったよ」と。それもそのはず、コピーなどなかった時代、オーケストラの練習をするために全てのパート譜を手書きで書いていたと言うから、信じられないほど根気のいる作業を毎晩続けていたにちがいない。先生とお会いすると、まだまだ自分は「音楽家」だなんて偉そうに言えないと、いつも襟を正す気持ちになったのだ。
いつも心から私たちの音楽活動を応援してくださり、どんなにお忙しくても演奏会には顔を出してくださった。時にはステージリハーサルだけのこともあったが、必ず声をかけてくださった。私が教員を辞めてからコンクールに優勝した記念パーティや、記念演奏会にも駆けつけてくださった。「最近の田久保君は音楽に流れと歌が出てきたね」とやはりニコニコ顔でほめてくださった。
牧師の長男として生まれた先生は、敬虔なクリスチャンであった。毎年の年賀状には必ず詩編が紹介されており、神に感謝する先生の姿が浮き彫りになっているものだった。「音楽は全ての人のものだから、僕は演奏会は無料でやるんだよ」の言葉通り、先生の関係するコンサートは入場料を取らない。必ずスポンサーを探してくるか、ご自分の私財を投げ打って音楽活動を続けてこられたのだ。先生は人に誉められると子どものように心から喜んだという。それは「神から認められたことになるから」だそうだ。先生の作り出す音楽は温かく、そこには必ず「愛」の姿を確認することができた。おいくつになっても、いつも謙虚な態度で自然に振る舞える先生だからこそ、多くの音楽愛好家から慕われていたのだと思う。
日本アマチュアオーケストラ連盟は名誉総裁だった高円宮殿下と、副理事長の村上先生の大きな2本の柱を失った。しかし悲しんでばかりばかりいられない。故人の遺志を継いで、ますます音楽文化の発展のために力を合わせて盛りあげて行かなければならないだろう。多くのアマチュアオーケストラと関わる私としても、そうした活動の一助となっていければと、意を新たにした。私はまだまだ先生の足元にも及ばないが、これから先、少しでも村上先生に近づけるような活動をしていきたいと思う。
何度かお目にかかりお言葉も頂戴した高円宮様の急逝は、大きなショックと悲しみで言葉も出なかったが、村上先生の訃報に際してはショックと言うよりまず「感謝」の気持ちのほうが先だった。訃報は栃木県で知ったが、その仕事の帰りに先生のご自宅に直行し、最後のお別れをしてきた。神を敬い音楽を愛し、人生を全うしたお顔は本当に安らかな表情だった。きっと今頃は天国で音楽好きを集めてオーケストラや合唱団をつくって指揮をされているに違いない。将来私もそのオーケストラに入れてもらえたらと思う。「余韻を上げて〜」先生の声が聞こえるようだ。合掌。


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