* エッセイ集 *

2002年7月1日
・・・可児市の新しいホール・・・


 名古屋のベッドタウンとして、近年急速に開発、発展している近郊都市岐阜県可児(かに)市。名古屋から50分という距離は充分に地の利が良いと言える。しかも小高い丘に囲まれ、日本ライン下りで有名な木曽川をはじめ自然に恵まれた街だ。駅を降りると爽やかな風が心地よい。人口10万人に満たない小さな市だが活気に満ちあふれているといった印象だった。
この7月には市民の長年の夢であった可児市文化創造センターがオープンする。そのこけら落としにベートーヴェンの第九交響曲を演奏することになった。既存の可児市交響楽団を中心として1年前に第九オーケストラを結成。合唱団は3年も前から準備を始め、少しずつ練習を積み重ねてきたという。

 私事だがこのホールの建設をした監督の一人が私の小学校時代の同級生だ。いつかこんなことがあるかもしれないとは思っていたが、偶然の再会に不思議な縁を感じたものだ。彼が指揮をとって建設したホールで初めて指揮台に上がるのが私。感慨もひとしおである。

 先日名古屋フィルと音響チェックのための試奏会をもつことができ、事前に新しいホールに入ることができた。観客収容人数約1000人の主劇場「宇宙(そら)のホール」と演劇公演を中心に想定した300名収容の小劇場「虹のホール」に分かれ、それぞれ主張をもった顔がある。舞台の反響板が高く、心地よい残響で柔らかに音が包まれる。両ホールとも内装がこげ茶や黒を基調にしてシックにまとめられており、落ち着いた雰囲気をかもし出している。高級感あふれる見事なホールだが、驚いたのはそればかりではない。単なる貸しホールだけにとどまらず、「創造」と名の付くように、いわゆる市民の日々のあらゆる文化活動をサポートするための施設が充実していることだ。音楽、演劇、美術を対象とした目的別の大練習室が3つ、それに録音設備も備わった個室の音楽練習室、木工作業室、演劇リハーサル室、市民ギャラリー、ワークショップルーム、パソコンルーム、パーティルーム、100名収容の映像シアターは講演会もできる。これらの施設を市民のために非常に安価で解放しているのだ。まだ工事中だが「水と緑の広場」は中庭としての機能にとどまらず、イベントもできるような野外ステージを併設しているので、ここでどのような市民の活動が展開されるのかが楽しみだ。このように文化センターと大きな公民館が合体したような施設で、発表の場と日常の活動の場がいっぺんに提供されたことになる。

 昨今、小さな街に立派なホールが建設されているのが目立つが、そのほとんどがいわゆる貸館型の運営のみに終始し、実際の稼働率は低いのが現状だ。その中にあって可児市の新しい施設は異彩を放っていると言える。これだけの充実した総合的創造スペースは見たことがない。全国の多くの公共ホールのこれからの運営に一石を投じることになることは間違いないと思う。数年前に「文化を育てる」というエッセイを書いた。その中で行政に対して発表の場、鑑賞の場としての文化行事への積極的な助成と、日々の活動を支える活動の拠点を整備することを望み、その両輪がうまく回らなければ、いくら市民の意識が高まっても文化の発展は望めないだろうと苦言を呈したが、そうした理想が可児市ではひとつの形になった。

 演奏家やタレントを呼んでくるだけで「自主事業」としてしまうイベント主体の安易な運営ではいずれお客さんの足も離れていってしまうだろう。まずは立派な施設ができた。大切なのはその活用をどう図っていくかだと思う。市民の文化への意識を高めることは生涯教育の大きな柱だ。そしてそれは地域の子どもたちへの教育、啓蒙活動からはじめることだとも思う。今後はその活動に足りうるに充分な歳費の捻出をしていただけることを期待したい。

 7月27日、第九の演奏後、ステージ上は出演者300人の充実した笑顔でいっぱいになるだろう。そして会場を埋め尽くした市民のみなさんの喜びが一体となった素晴らしい空間が可児市の文化創造の出発点となる。





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