* エッセイ集 *

2002年6月1日
・・・ウィーンのカフェ・・・


 3月下旬から4月上旬にかけて、ウィーン経由でルーマニアに行って来た。いつもお世話になっているブラショフのオーケストラに今年も招かれたからだ。ルーマニアまでの直行便がないので、大抵はウィーンを経由して入る。ウィーンでは勉強中の日本の友人たちに会ったり、オペラや音楽会に足繁く通ったり、図書館で楽譜を見たりと音楽三昧の日々を過ごし、栄養補給に努めている。

 ウィーンでのランチは、いつも軽くカフェで取ることにしている。これまでに何軒のカフェに行っただろうか。ガイドブックに載っている主だった店や、小さなカフェも含めると、おそらく30件以上は行っていると思う。ザッハーとかデーメルは超有名店で観光客なら一度は訪れたことがあるだろう。近ごろ国立歌劇場の近くのケルントナー通り入り口に、スターバックスができたのには驚いた。日本で流行しているアメリカンスタイルのドトールやスタバがウィーン人に受け入れられるのだろうか。

 ともかく今回も行きつけのカフェや、新しく見つけたカフェに何軒か入った。老舗の楽譜商ドブリンガーの横にひっそりと構えるカフェハヴェルカは、地元の人たちにも人気の店だ。お世辞にも綺麗とは言いがたい薄暗い店内に入ると、そこは遠い昔にタイムスリップしたよう。それもそのはす、この店は19世紀末に芸術家たちのたまりばだったと言うから、その伝統の重みを感じざるをえない。もしかしたらマーラーやブルックナーたちもこの店に来たのかもしれない、そう過去に思いを馳せながら一杯のコーヒーをいただく。極上の時間だ。何十年前のものだろうか、壁には所狭しとポスターが貼られており、古びたテーブルや椅子のひとつひとつが出しゃばることなく、でもしっかりとした主張をしているのだ。ボーイさんはきちんと蝶ネクタイを締め、自信とプライドに満ちている。そんな中ハヴェルカじいさんが優しい目で接客してくれる。こういう店の雰囲気がたまらなく好きだし、妙に落ち着ける。

 ほとんどのカフェでは軽食が取れるようになっている。ハヴェルカにはメニューがないが、だいたいはメニューが置いてあり、一杯飲んだ後にしばらくしてから何かお腹に溜まりそうなものと、コーヒーのおかわりを注文する。いつもはトーストサンドのようなものだが、たまにはラザニアなどのパスタ系フードを試すことも。

 店には当然のようにBGMが流れていない。ウィーンなまりで話している隣席の小声の会話がBGMがわりとなって心地よい。こちらは持ってきた一冊のスコアをひろげたり、入手した日本の新聞を隅から隅まで読んでいると平気で1時間2時間と過ぎ去ってしまう。ウィーンではゆっくりと時間が流れているように思えてならない。日本にいると携帯電話が鳴ったり、メールをしたりとせわしないことが原因と考えられる。

 ふとあたりを見回すと、かなりお歳を召した品のいい老夫婦がいたり、おばあちゃん二人連れなどが目立つ。みなさん何というか、とても綺麗に歳をとっているのだ。いい歳のとりかたをしているなあ、自分もあんなふうに歳をとりたいものだ、と妙に感心してしまい、同時に嬉しくなってくる。平和という二文字を味わう一瞬だ。

 ウィーンの人たちにとってのカフェは、社交の場であったり憩いの場でもあり、単にコーヒーを飲むだけが目的ではないことをあらためて感じさせられる。日本ではセルフ形式のチェーン店が広がり、私もよく利用するが、なかなか落ち着ける店を探すのが難しくなっていていると思う。ウィーンのこのようなカフェの雰囲気は、時が流れてもいつまでも変わらないでいてほしいと願うばかりである。



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